デザインを学ぶ場合、最初に突き当たる壁は、おそらく、デッサンでしょう。
うまくデッサンをマスターすることができずに、デザインを学ぶことをあきらめてしまう人も、多いと思います。
確かに、デザインを学んだり、デザイナーとして活動したりする場合に、本当にデッサンは必要か? という疑問は、出てくるかと思います。
私は、絶対に必要、とまでは言いませんが、やはり、経験上、デッサン力は身につけておいた方がいいと思います。
正直、私もデッサンは、若い頃から得意ではありませんでした。
どちらかと言えば、苦手でしたし(そもそも絵が苦手というか、絵心がなかったんですね)、できれば、避けて通りたかったのです。
しかし、デザインを学ぶ大学に入るためには、試験にデッサンがあることは知っていました。
その当時は、デザイナーになるには、デザインを学ぶ大学に入って、勉強する、ことぐらいしか方法を知らなかったのです。
いや、そもそも、自分には、才能がないと思っていましたので、そうやって、しっかりと学ぶことでしか、デザインの知識や技術が身につかないと思ったのです。
そのため、最初は、しぶしぶというか、覚悟を決めて、デッサンの勉強にとりかかりました。
具体的な学習方法については、改めてお話ししますが、デッサンの勉強をしているうちに、少しずつですが、上達してきました。
ただ、私の場合、人より時間がかかるだろうということで、高校二年生の段階で、受験のために勉強している三年生にまじって、デッサンをしていました。
だから、本当に、少しずつ、上達したのです。
これは、他の分野でも同様でしょうが、やはり、デッサンも、上達してくると、そのおもしろさ、と言うものがわかってきます。
正直、うまく描けるとうれしいものですし、自信になります。
そこで、さらに勉強して、さらに上達する、という流れになります。
いったん、この流れになると、楽しみながら上達し、自信もつきますから、さらに学ぼうという気持ちになります。
そうして、どんどんと上達していくんですね。
だから、これからデッサンを学ぶ人は、早く、このサイクルに入ることをお薦めします。
デッサンがある程度、上達してくると、なぜ、デッサン力が必要か、ということも、だんだんとわかってきました。
デッサンを学びはじめた当時は、見たものを、そのまま描くんだったら、写真を撮ればいいんじゃないか、と思っていました。
カメラが発達した時代に、写実を重んじるデッサンは、必要ないんじゃないか、と考えたのです。
しかし、デッサンの役割は、単に目の前にあるものを正確に描く、というだけではありません。
もっと大事なことは、ものを見る目を養う、ということです。
デザインの対象は、「もの」です。
さまざまな「もの」を作り、それを人々に提供する仕事です。
だから、自分たちが作る「もの」について、しっかりと理解する必要があります。
形、色、大きさ、材質、質感など、さまざまな「もの」を構成する要素を、きちんと理解していないと、当然、自分で作り出すこともできません。
自然物にしろ、工業製品にしろ、その形や大きさなどには、意味があります。
「もの」には、意味があるのです。
それを理解し、感じるために、しっかりと見つめ、頭の中で考え、吸収する必要があるのです。
そのために最適な方法が、デッサンなのです。
デッサンをするために、対象をしっかりと見つめ、それを頭の中で整理し、二次元の紙面に再現する。
そうすることで、しっかりと「もの」を理解することができるのです。
私たちは、日々、たくさんの「もの」を見ていますが、その本質までは、見えていません。
それを理解する手段が、デッサンなのです。
デッサンは、あくまでも手段であり、目的ではありません。
目的は、デッサンの先にあります。
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