私が、デザインや広告について学びはじめた当時は、イメージ広告が流行していました。
イメージ広告とは、簡単に言うと、商品やサービスを直接的に宣伝するのではなく、良いイメージを作り上げていくための広告です。
例えば、ブランドイメージを上げるために、きれいだったり、かっこいいビジュアルを使ったりして、見る人に、良い印象を持ってもらうようにするのです。
その当時は、私も、イメージ広告は、かっこいい、と思っていました。
なんだか、ファッション誌に載っていそうなおしゃれな写真を使っていたり、非常にアーティスティックなビジュアルだったりしたためです。
そのため、良い広告=イメージ広告、という感じで理解していました。
だからでしょうか、自分が仕事で作っているチラシ広告や、個人商店や小規模な会社の地域限定の広告などは、なんとなく、負けているように感じたのです。
ただ、正直、私は、イメージ広告が、よくわかりませんでした。
パッと見て、何を訴えたいのか、何をアピールしているのか、すぐには理解できなかったのです。
なんとなく、かっこいい、とか、他とは違う雰囲気、ということは、わかります。
しかし、それが広告なのか、アートなのか、よくわからなかったのです。
そんなモヤモヤした気持ちだったので、広告について、自分で勉強をはじめました。
思い返してみると、デザインの学校では、ほとんど、広告自体については、学ばなかったように思います。
やはり、広告というと、どうしても、ビジネスというか、商売の感じがあるため、なかなか学校という教育機関では、教えにくかったのでしょう。
また、私が学んだデザイン学校では、どちらかというと、職人気質なところがあり、技術を磨くことに、重点がおかれていたように思います。
そのデザインの技術を、どのように社会に役立て、そして、稼いで、仕事人として生きていくか、というところまでは、さすがに教えてくれませんでした。
それでも、実際に仕事として、広告デザインをされていた先生も、いらっしゃいました。
その先生を通して、当時、広告デザインについて学び直していた自分が出会ったのが、『フォルクスワーゲンの広告キャンペーン』です。
ここで出会った広告を見て驚いたのは、そのわかりやすさです。
インパクトのあるビジュアルで目を引きつけ、そこからヘッドコピーからサブヘッド、そして、ボディコピーまで、一気に、流れるように読ませます。
そして何より、それが非常にわかりやすく、スッと、頭に入ってくるんです。
最後まで、広告の文章を読むと、最初のビジュアルの意味がわかる、という構成になっています。
また、これらの広告は、非常に論理的に組み立ててあるな、と感じました。
多くの広告は、見る人の感情を揺さぶるように仕掛けてきます。
人がモノを購入するには、感情を動かす必要があるからです。
しかし、感情に訴えかける場合、どうしても、漠然となったり、ポイントがぶれやすくなります。
なんといっても、受け手の側に、ある程度の「受け止める力」がないと、せっかく感情に訴えかけるための強力なメッセージでも、うまく届かないからです。
その点、『フォルクスワーゲンの広告キャンペーン』は、感情ではなく、理論に訴えかける手法ですから、きちんきちんと順番に伝えていけば、多くの人が納得できるわけです。
このように、広告について、ある種の見方ができるようになった私は、続けて、どんどんと参考書を読んでいきました。
この時代の広告デザインからは、本当に多くのことを学ぶことができます。
21世紀の今から振り返ってみると、やはり、20世紀終盤のイメージ広告は、細分化され過ぎていたというか、ある種、非常に枝分かれして、極端な地点まで行っていたのだと思います。
そのため、私にとっては、わかりづらかったんです。
だからこそ、もう一度、枝分かれする前の、幹の部分まで戻り、そこから、順番に広告デザインについて学んでいく、という方法が、いいと思うのです。
これからも、この時代の広告について、勉強していきたいと思います。
そうすることで、20世紀終盤のイメージ広告や、21世紀のネット広告、そして、これから先の未来の広告も、理解できるようになると思うのです。
過去を学んで、未来を知る。
広告デザインにおいても、この鉄則は、有効のようです。
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